『検証迷走する英語入試』(岩波ブックレット)

岩波ブックレットからのものです。

これが出版されたのは4年くらい前ですが、

大学入試に民間資格が導入されたり、センター試験が共通テストに変わったりする前に

出版されたものです。

 

それゆえ、導入前の反対意見が正しかったのかが検証可能になります。

で、結論から言うと、正しかったと思います。

 

特にセファール(CEFR)の対照表への懸念は、現在の私が体感していることと一致しま

す。

 

セファールの対照表に使っている英語資格は

英検、TOEFL、GTEC、IELTS、TOEIC、TEAPなど、多種多様です。

 

これらの検定試験は目的が全くと言っていいほどバラバラです。

TOEFLは海外の大学への留学用、TOEICビジネスパーソン向けであるなど、

目的も違えば試験内容も異なります。

 

「内容が違うものを一律に同じ尺度に収斂させたものを入試に使うことが、いかに

 合理性を欠いたものか」という著者の問題提起は正鵠を得ています。

 

実際に現場にいる身からすると、TOEICは高校生にまずやらせません。

やらせてもアルバイト経験がない高校生に会社でのやり取りメールを読ませても、

語学力以外のところで躓きます。

 

英検準1級も会社のシーンはリスニングで出題されますが、

会社の場面だけではなく、大学内の様子や駐車場でのやり取りなど、

日常生活が想定される場面は均一に出題されます。

 

ビジネスに特化したTOEICとは、やはり微妙に対策が異なってきます。

 

ましてや大学は、(建前論かもしれませんが)学問をやるための選抜です。

その大学のその学部に入学し、その学部の学問をやるための下地があるかどうかを

判断するのが大学入試のはずです。

(←ですので、経営学科がTOEICのスコアを入試に使うことはある意味では理にかなって

 いると思っています)

 

尺度が違うものを同じ土俵で比較することが非合理的というのは、心から同意します。

 

以下のことは私が読んできた書籍が出典になりますが、

「比較対象の条件が同じだからこそ比較して意味がある」というと、

私は東西ドイツを思い出します。

 

ベルリンの壁が崩壊する前は同一は東西に分かれていました。

東はソ連率いる共産主義体制、西は自由主義陣営の資本主義。

経済的に豊かになるには共産主義がいいのか資本主義がいいのか。

 

東西ドイツほど適切な例はないとされています。

仮に世界の反対側に存在する国同士を比較した場合、地理的な条件や民族・言語による

差異がもしかしたら経済発展に寄与したのではないか、という可能性が拭えませんが、

東西同一の場合、地理的には隣同士、言語も同じ、第2次世界大戦以前は一つの国だっ

たので国民性も大きくは変わらなかったはず。

 

経済の運営の仕方以外の条件が全くと言っていいほど同じで、純粋に経済体制の違い

に焦点を当てられます。

(共産主義と資本主義の優劣はここでは割愛します。それがメインではないですので)

 

条件が違うもの同士で比較することが無意味というのはその通りです。

文科省に踊らされている気がしてなりません。